ピアノの思い出
         中村 美結(小6)

 私はこの発表会でピアノをやめます。二ヶ月間、悩みに悩み抜いた末、決めました。田代先生に教えていただいた六年半は、かけがえのない時間でいろいろな経験をさせてもらいました。田代先生との六年半を思いうかべるととてもカラフルで、もし出会えていなかったら色あせた時間になっていたと思います。

今、ゆっくりと六年半を思い返してみたいと思います。

年長。初めての発表会で、『いろえんぴつならんだ』と『ダンス』。習い始めてから一ヶ月で曲をもらいました。曲をもらった時、お母さんは先生に思わず「こんな曲が弾けるのでしょうか。」と聞いてしまったのを覚えています。東日本大震災の二日後の発表会は、忘れたくても忘れられない一日です。

一年生。『おしゃれなワルツ』と『メキシコの祭り』。曲のふんいきが全く違う二曲で、一曲目から二曲目へ変わる時の気持ちを変えるのが難しかった覚えがあります。

二年生。『じゃれて、甘えて、親猫仔猫』と初めての六手連弾で影山裕奈ちゃんと神保和花乃ちゃんと『エンターティナー』を弾きました。ソロは「それじゃあ、ふとっちょの年寄り猫さんよ。」と言われたり、「ここは猫さんが何をしているの?」と先生に聞かれたりして、猫の動きを表現することができました。六手連弾では、なかなか三人の音がそろわず、、先生いわく、『バラバラ事件』。なんとか合ってきたと思ったら、発表会前日に私がねんざ。不幸中の幸いだったのが左足ということです。

三年生。『おおぐまこぐま』と母子連弾で『子猫のジャズワルツ』。おおぐま座、こぐま座の神話が悲しくいストーリーだったので、気持ちをこめて弾きました。母子連弾はステップでは、なんども弾いていましたが、ステップとは比べものにはならないくらいのきん張感に手には汗、胸はバクバクだったお母さん。私は少しきん張していました。

四年生。『高価で感情的なワルツ』と六手連弾。二年前と同じメンバーで『オートレーサー』でした。ソロは、「表現力がでてきたね。」とほめられて、それがすごく自信につながりました。六手連弾は二年前のバラバラ事件以上に「ガイコツのあごがガチガチなっているようにバラバラ。」と先生に言われました。仲良し三人でたーくさん楽しく練習をしました。それでも、最後の終わりが合わなくて苦肉の策で私が小さく二回、「ンッンッ」とせきばらいをして「ジャーン!」と合わせました。

五年生。『小鳥の飛ばない空』。小鳥の飛ばない空=くもり空ということで、くもり空の表現をたくさん練習しました。さらに、アナウンスの担当もあったので、アナウンス練習もやりました。一見、楽しそうに見える練習が、意外に大変で家でも発音の練習などたくさん練習をしました。

今、ふり返って見てもかなしい事や大変なことよりも、楽しかったことの方が思い出せます。この宝物を胸にこれからも色々なことに挑戦します。

田代先生ありがとうございました。

ゆな、じんぼちゃんありがとう。

田代先生と私
         上田 萌莉(中2)

 すべての始まりは、あの日だった。今、思い返してみれば、あれは偶然ではなく、神様が私にくれた、最高に幸せな贈り物だったのかもしれない。

 今から七年前、私が小学校一年生の時、近所の友達のピアノの発表会を聴きに、私はやってきた。舞台に出てくる人たちは皆、すごくかわいいドレスを着て、スポットライトに照らされ眩しいくらいに輝いて、堂々と演奏していた。奏でる音は、楽しそうで、元気そうで、真面目そうで、悲しそうで・・・。曲によって出てくる違う音を楽しんでいる姿が私の目に映った。それまでもピアノを習っていた私は、あのような演奏をすることが『音楽』なのだと思った。

「あの教室に入って、みんなみたいな演奏がしたい!」

 母にお願いして、体験レッスンをお願いした。そして、数日後、間近にいる先生は、オーラがすごくて、笑顔がとってもよく似合う方だった。初対面で緊張している私を、先生は温かく迎えて下さった。レッスンは、歌って、笑って、お話しして、あっという間に過ぎていった。短い時間の中で私は、先生の魅力に引かれた。レッスン後、すぐに入ることを決めた。その日から私の新たな道が開き始めたのだ。

 田代先生に習い始めて、初めてのことだらけの毎日で、一日一日が新鮮だった。特に、コンクールに出たことは、私に大きな影響を与えてくれた。たくさんの人がいる前で弾く緊張感に負けない気持ち、ステージ上でのマナー。結果はそれぞれで、嬉しいときも、悔しいときもあり、その経験が、私を、さらに強くしてくれた。また、先生とごはんを食べたり、コンサートを聴きに行ったり、レッスン以外のことを共にさせて頂くことで、先生とたくさん話し、たくさん知り、さらに距離を縮められた気がして、嬉しかった。

 ピアノのことはもちろん、人としても、、大きく成長させて下さった先生には、本当に感謝しかない。先生に出逢って、私は、気持ちが強くなった。本気で頑張ることの大変さを知った。そして、それがどれほど素晴らしいことなのか感じた。一緒にいるだけで元気がもらえて、優しくて、包みこむような温かさがある先生が本当に大好きです。

 今、私は、厳しい道のりの途中にいる。すごく大変だが、必ず明るい未来があると信じて頑張りたい。そしていつか、成長した自分の演奏を聴いて頂きたい!と思っている。

教室を退会する子のお母様よりのお手紙

田代先生、年賀状ありがとうございました。枠を超えて書いて下さったコメントに胸打たれました。先生の想いにグッと込み上げてくるものがありました。美結も年賀状を手にしたまましばらくじっと動かず、先生の言葉を噛み締めている様に見えました。
東日本大震災の半年前に始めたピアノも、6年半になりました。私としては〝まだ6年半〟という思いもありますが、本人も色々と考えたようでした。
素直になれない自分、周りに比べて不器用な自分、中学に行って益々忙しくなる中で時間の使い方含め要領が良くない自分
・・・・。
ポツポツそんな事を話し出しました。子どもだと思っていたけれど、自分のことも色々〝気付き〟考えるようになっていました。
美結は田代先生に出会え、他では学べない経験をさせていただき幸せ者です。何より深い愛情を持って指導していただき、順調に育っている、その美結の成長は先生なくして語れません。
そして、私自身も育てていただきました。子育てとは何か?
親の心構え、姿勢・・・。先生のお考えに触れる度に、目から鱗だったり、何かを学んだり、6年前の私は何てお子様だったのか、と恥ずかしくなります。少しは親らしくなれたかな・・・と思います。
(続)今は、美結は中学で頑張りたい事があるようです。小学校の間、ピアノを中心にメリハリをつけた生活をしてきた、そう導いて下さったからこそ、中学でも頑張りたいものを見つけられる子に育ったのだと感じています。
田代稚恵美ピアノスタヂオは、先生、生徒さんとその保護者の方々も素敵な人ばかり。そんな田代ファミリーから卒業してしまうのはとても寂しく、特に私はピアノロスになる事が今から心配です。逆に考えれば、そう思える経験や思い出を作れたことは財産であると思っています。(中略)先生、これからもお元気で、たくさんの子供さんとその親御さんに私たちの様な経験を是非させてあげて下さい。